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ひとりの幸せのためにcorporate

創設からの私たちの想い「ひとりの幸せのために」

名古屋ライトハウスは、創設以来、視覚障害者の幸せを願い職業開拓及び訓練、生活の場の提供、そして情報、文化の発信基地としての役割を担ってきましたが、おかげさまで今日では視覚障害者のみならず全ての障害者、高齢者、障害児の方々にも様々な福祉サービスを提供できるようになりました。

これも、広範な方々の多年にわたるご指導ご援助があったればこそで、深く感謝する次第です。
時代は様々な価値観の変化を伴って激動しており、福祉のあり方も問われ関心も高まっています。

山積する難問に比べ、その歩みは遅々として進まず、誠にはがゆいことですが、これまでの蓄積を大切にしつつ、創設から変わらぬ「ひとりの幸せのために」という思いを胸に、福祉サービスの理想像を求めて関係者一丸となって努力していきたいと考えています。

創設者 近藤正秋 「ひとりの幸せのために」への想い

創立30周年記念誌に寄せて 1976年10月

 振り返ってみると、私たちが30年間歩いてきた道は、決して平担で真っすぐな道ではなかった。というよりは、道のない所に道をつけて進んできたようなものである。
時には大きな障害物のために立往生したり、わき道へ進んでいって逆もどりしたり、そのたびごとに模索し、考え決断し道なき道をかき分け、踏み越え、はいずり回って突き進んできた。私たちが仕事を始めたころは十分世の中から理解されることができなかった。物好きか、売名か私利私欲のためと、ののしられたこともあった。ことに仲間の人たちから非難を浴びせ掛けられることも多かった。ある会合の席上、片岡先生が「議論や批判だけでは一人の盲人も救うことはできない。私は一人の障害者を幸せにするために近藤さんと共に進む決心です。」と言われ、二人で席を立ったことを、今もなお忘れることはできない。

 私たちは「一人の障害者の幸せのため」に苦しみ、悩み、戦ってきた。これこそ30年間一貫して心に叫び続けた合言葉であり、私たちを導いてくれたライトハウス(灯台)の光でもあった。
 私たちが築きあげた社会福祉法人名古屋ライトハウスは、およそ理想とはほど遠く、不十分なものである。確固たる基礎があったわけでもなく、法律に基いて作られた施設でもなかった。世の中から見れば欠陥だらけ、傷だらけの施設であるかもしれない。雨が降れば、雨漏りがし、あらしが吹けばひとたまりもなく吹っ飛ぶような、弱々しい施設であるかもしれない。
公立の大施設が冷暖房完備のホテルとしたならば、私たちのそれは奇木賃宿にも等しいものかも知れない。しかしながら、冬にはよく干したふっくらとした蒲団の中に温かいこたつが入っており、夏は打ち水のしてある木立を通す涼風が快く吹き抜ける憩いの家であると思う。こうした雰囲気の中で、「一人の障害者の幸せのため」に先輩は後輩を導き、力ある者は弱い者を助けて進んできた。名古屋ライトハウスこそ幾百人、幾千人の人たちの愛情と努力の結晶である。

 これを思い、あれを考えるとき、明日の名古屋ライトハウスはいかにあるべきか、私は過去の道程こそ、将来の道しるべとして決して間違いではないと思っている。社会情勢の変動や法律の改変等によって、予想されない困難にぶつかることがあるかもしれない。大きく事業内容を変えることもあるかもしれない。そんなとき、すべての判断の基礎は「一人の障害者の幸せのため」に置かれるべきであり、「何が真の幸せにつながるか」に集約されるべきであろう。そこに名古屋ライトハウスの将来があり発展がある。

 今後、名古屋ライトハウスをささえて下さる幹部の皆さん、暗夜に灯台の光を求めて集い来る障害者の皆さん、私たちは決して右顧左べんすることなく、自信を持ってライトハウスの光を見つめて進もう。

 明日への名古屋ライトハウスの発展と躍進のために。


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